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アラサー働く女性インタビュー〜仕事も家庭も充実させるキャリアの築き方〜

働く女性の皆さんこんにちは。一児の母とは思えないくらい綺麗で、女性であることも、仕事も、全部楽しんでおられる冨増さん。全てのことには意味があり、頑張っていればちゃんと道が繋がる!働く女性にとっては大きな希望になるお話をお聞き出来ました。

1.母の働く姿を見て、「私は自立して働くんだ!」と心に決めた。

ー冨増:小さい頃から、将来は絶対働こうと思っていました。母が女で1つで育ててくれたのですが、専業主婦で家の中にいて色々と気をつかっていた母よりも、事業を立ち上げてイキイキ働いている母の姿のが大好きでした。

あと、大学の時に、大好きな人にふられたんです。それが「そうだ!やはり女性は自立しないといけない!」と強く思うきっかけになりました。人生何があるかわからんと思いました。

ー高野:失恋って人生に影響与えますよね、わかります(爆)

ー冨増:大学3回から就活が始まったのですが、ちょうど就職氷河期の終わり頃でした。私は当時から化粧品会社やアパレル会社の「広報」がしたかったんです。関西を離れたくないという気持ちもあったので、規模がそこまで大きくない会社に入れば、地元にいながら早い段階で本社の広報ができるじゃないかと思って、アパレル会社に入りました。

最初はみな販売からスタートするわけなんですが、周囲の先輩を見ているうちに「何年たっても、本社にいける先輩がいない」ということに気づきはじめました。
当時は店長になって、27、8歳で寿退社をしていく方が多かったので、私が思い描いていた姿はここにはないなーと思うようになりました。そこで、1年半くらいでスパッと退職今考えると、結構思い切りましたね。

2.30代になっても通用する女性になろう!

ー冨増:次は何をしようかと考え、「営業職に就く」ことに決めました。「営業はしんどそう、嫌だ」という気持ちよりも、自分のこれからのキャリアに絶対必要になるだろうと思ったので迷わず飛び込みました。

転職先は広告代理店で、求人誌の営業をしていたのですが、広告に載せる写真を撮ることから営業まで、全部一人でやる会社でして、これが結構面白かったんです。

私は祇園の地域を担当していたのですが、料亭の女将さんが、男性より女性の担当がいいと言ってくださってよくして頂いたり、若い営業女性ということで、お客さまから可愛がって頂き成果に繋がることもありました。

でもその時マネージャーに言われました。

20代女子って、若いっていうだけでお客様からはよくしてもらえて結構売れるんだよ。
でもそれは、本当の自分の実力じゃない。30代になった途端に、ちやほやされなくなって売れなくなる。そうなってからでは遅いんだ。だから、今若いうちから必死でがむしゃらにやって実力を身に付けろ!

ショックでしたし、当時はあまり意味がわからなかったのですが、30代になってその通りだなと実感しました。

ー高野:本当にそうですよね!30歳になったらぱったりってめっちゃわかります(爆)でもそんなこと面と向かって言ってくれる上司ってすごいですね。一歩間違えば、セクハラとか言われかねないだろうに、信頼関係があったんですね。

ー冨増:そうですね、今ではすごく感謝してます。だからそこからは、以前にも増してがむしゃらに働くようになりました。

そして26歳の時、今の主人と結婚しました。

主人ははやく子どもが欲しいと言っていたのですが、私は家庭に入りたくなくて。まだまだ仕事がしたかった。ただ、当時の営業職は終電で帰ることも多く、過労で入院したこともあり、結婚しながら続けていくのは難しいということで、どこか良い職場ないかなーと思って探していたら、現在の職場である学校職員の募集を見つけました。

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3.仕事が面白くなってきた時の、まさかの妊娠。

ー冨増:「大学の事務職か。きっと土日も休みだろうし、残業もそんなにないだろうし、事務職経験はないけど受けてみよう」と思ったところ、運良く採用して頂きました。

ただ最初はとまどいました。職場は卒業生を中心として女性が多く、和を尊ぶ雰囲気で。仕事も最初はコピーをとったり印鑑を押したりする単調な仕事を日々していて今まで男女なく対等に意見を言い、数字を背負って働いてきた自分からすると、すごくカルチャーショックでしたね。

ですがしばらくして、人事異動などで部署のメンバーが変わり、自分が部署の一連業務を中心となって任されることになりました。わからないことだらけだったので、いろんな部署の卒業生の先輩にひたすら聞いて相談しまくりました。先輩たちも快く教えて頂いて。その時に、

自分が待っていても誰も教えてくれないけど、自分から発信すれば周囲の方はこんなに協力してくださるんだ!

と気づくことができました。教育業界未経験でまだ若かった私にとっては、入社当初の単調な事務仕事よりはるかに大変で、3月〜4月の繁忙期には毎晩10時頃まで働いていることも多かったのですが、すごく充実していて楽しかったですね。やっぱり私は、「思いっきり仕事をしたり、新しい仕事をしたり、任せてもらえることが好きなんだ」と改めて思いました

ー高野:…ん?でもその状況で、家事はどうされていたのですか?

ー冨増:当時の家事は全部主人がしてくれていまして…朝はお弁当を持たせてもらって、主人の方が家に帰るのが早かったので、晩御飯も主人担当で。主人の料理の腕前は急上昇するんですけど、私の腕はいっこうにあがらないという…(笑)

そして3年ほどたった29歳の時です。自分が妊娠してることがわかりました。

ちょうど、経営企画室に入った時期で、理事長や学長と学校方針を決めたりするところまで参画できる立場になっていた時でした。だから正直「嬉しい!」という気持ちよりも「どうしよう…残業も多いし、仕事もせっかく面白くなってきたのに…」という気持ちの方が大きかったです。

基本ポジティブな私なんですが、感情の起伏が激しく不安定で、妊娠期間中は泣くこともよくありまして。でもおかげ様でつわりもなく、産休ギリギリまで大きなお腹を抱えながら働いて無事に出産を迎えることができました。

4.今までやってきたこと全てに意味がある!

ー冨増:育休中に家で子どもとだけ向き合ってる期間は正直辛かったです。子どもの世話をして、家事をして、夜中も寝れなくて常に眠たくて、子どもはなんで泣いてるかも分からないし家で一人っきりだし…。子どもはすごく可愛いんですが、一日終わった時に働いていない自分の存在価値がわからなくなってしまいました。

基本的に主人はすごく理解がある人なんですが、「あなたも育休をとってほしい」と伝えたある日、こんな言葉が返ってきました。

「いや無理やわ。だって育休とって返っても、自分の席が無くなってまうし気まずいわ」

その言葉を聞いて、とても腹が立ちました。

「私はその気まずい思いをして育休取ってるの!なんで私だけ、なんで私だけこんな思いをしないかんのよ・・・」

まぁ今思えば、そこまで怒ることでもないとは思うんですけどね。

そして子どもが10カ月の時、職場復帰しました。ただ、周りが残業する中で自分が早く帰ることの申し訳なさや、思う存分残業ができない自分との葛藤などから、子育てと仕事の両立が出来る自信がなくなり、自分自身にスキルを身につけて、「たとえ退職してもフリーでも食べていけるようになろう」とコーチングスクールに通うようになりました。そしてコーチングスクールが終わる頃。コーチングを通して自分を振り返ったときに、私は実は恵まれていることに気づいたんです。

無事子どもを出産し、職場に復帰ができて、主人も義実家も協力的で、周りにも必要とされている。今まで嫌だと思ってたことが、逆にすごく感謝するべきことで、これはきっと、あなたは仕事をし続けなさいということだと思いました。

そしてあれから1年。なんと今、広報部も兼務することになったんです。そうなんです、就活の時に「広報がしたい」と思っていたら、ちゃんとそうなっています!10年かかりましたが…(笑)

去年までの私は、今までの自分のキャリアを振り返って、「販売やって営業やって、事務企画やって、ちょこちょこつまみ食いして、全部中途半端だ」と思っていたんですが、全てに意味があったんです。現在、広報として高校への営業訪問もしているのですが、「とりあえず行ってきて!」と言われても、普通に「はいー!」といって訪問していけるのは、営業を経験していたからこそです。

今あらためて振り返って思う「働く上で大切なこと」それは、

どんな仕事でも、これは向いてないって思ってもやってみる。
やってみると次が開ける。

置かれた場所で咲きなさいという本がありますが、まさにそうだということ。

ムダなことは何一つない、それはきっとこれからも。様々な職種や子育てを経験した自分だからこそ出来ることがある。

まずは今の与えられた環境、周囲の人に感謝をして、目の前の仕事にこれからも一生懸命に向き合っていきたいですね。