「全ての経験のおかげで、今の自分がある」−英語発音インストラクター日野ゆう子さんの柔軟で前向きな生き方。


Chapter2.これまでの私

2-1:幼少期ー子どもの頃

ー小さい頃はどんなお子さんだった?
子どもの頃から、漠然とではありますが「大人になったら自分の得意なことや好きなことを見つけて周りの人に喜んでもらえる仕事がしたい」と思っていました。自営業の家に育ち父の働く姿が身近にあったことと、母が結婚前まで幼稚園の先生をしていてその時の色々な話を聞いていたことに、少なからず影響を受けていたのかもしれませんね。

ー将来はどんな仕事につきたいと思っていた?
教師になりたいと思っていました。きっかけは、小学生の頃に、若い女性の先生がクラスの担任になったことでした。それまでの授業は「机に座って先生の話を聞く」という一般的なものでしたが、その先生が来られてから、授業がディベート式に変わりました。以来、授業を受けるのがものすごく楽しくなりましたね。 その先生はどんな小さな意見にでも、しっかり耳を傾けて下さいました。自分の意見が言えたこと、他の人の考えが聞けること、考えること、ひとりひとりの違いを大切にしてくださったこと、それらがとても嬉しくて、「私も先生のような教師になりたい!」と思うようになりました。

2-2:大学時代ー日本語教師への道

ーどのような学生生活だった?
大学は国語の教員免許と日本語教師の免許が取れるところに進学しました。卒業後は教職を考えていたのですが、ある日学内で「オーストラリアの公立小学校で日本語教師をする仕事の募集がある」ということを知り…「せっかくなら海外で仕事をしてみたい!」と挑戦を決めました。 とはいえ、当然選抜試験があり、当時の私の英語力は大学受験の勉強程度でしかなく…不利な状況ではありましたが「この試験に受かるために、何かできることはないか」と考え、つてもないのに一人でオーストラリアまで行き、「実はこの州の小学校の日本語教師の試験を受ける者なのですが、お話を伺えませんか?」と、現地の学校を何件か飛び込みで尋ねて歩きました。

ーすごい行動力…!そして…結果はどうなった?
幸運にもそこで出会った校長先生や職員の方々がたくさんお話をしてくださり、学校の中も見学させていただいくことができました。帰国後の選抜試験では、その時感じたことや、こんな授業をしてみたいといったことを自分なりに一生懸命伝えて…すると有難いことに合格をいただくことができ、現地で働くことになりました。「行動すると次の扉が開く」ということを身をもって体験した出来事でしたね。

2-3:オーストラリアでの就職ー帰国

ー英語圏での仕事、とまどいはなかった?
英語があまり得意でないまま現地に行ったので、英語の基礎力を上げる必要性を痛感しました。昼は働いていたので、仕事から帰っては深夜まで英語の勉強をする日々。中学ドリルから、一から、やり直しました。

ーオーストラリアで仕事をして良かったことは何?
「自分はどう感じるか、どう思うか、どうしたいか」をまず自分に問う習慣ができたことですね。それまでの私は「~べき」「~しないといけない」が最初に来るタイプでした。親から心配されるくらい生真面目で、自分の気持ちよりも「社会からみて正しいかどうか、良いかどうか」を優先するのが当然だと思いこんでいて。 ところが、オーストラリアで、家族の思い出作りのために学校を長く休んで旅にでる生徒達、子供を育てながら大学院に行くお母さん、大学卒業後すぐに就職せず世界を旅する同世代の友人たちと出逢ううちに、自分の考えが少しずつ変わっていきました。同僚の先生も有休をばんばんとって長期旅行に行っていましたし、校長先生はプライベートでDJとして活動していたくらい…! 違う国に来て、多様な価値観に触れて、それまで私が信じていた社会の「こうすべき」は何だったのかと思いましたね(笑)

ー多様な価値観に触れる経験が、その後の人生に大きく影響していると?
そうですね。海外に住んでみて、もちろん日本の良いところもたくさん発見することが出来ましたが「色んな考えがあって当たり前。そして、自分が幸せな気持ちになるからこそ、周囲も幸せにでき、違う意見も尊重できる」ということを知りました。おおらかに構え、人生を大切にする姿勢や価値観には、大きな影響を受けたと思いますね。

ーオーストラリアから帰国した後は何を?
帰国後は、英会話学校や大学で、TOEICや英検といった資格試験対策講師として4年ほど働きました。オーストラリアで子どもたちを教えていた時は「どのように子どもたちの興味を引き出すか」を毎回考えていましたが、大人の方々は、忙しい中、貴重な時間をやりくりして自発的に学びに来られている。そのことにとても感動し、大人の方を教えることによりやりがいを感じるようになりましたね。「この方々が目標を達成されるのに必要なことは何か、私にできることは何か」を常に意識をして動く習慣がついたと思います。 その後結婚し、28歳、32歳で出産をしたのですが、一人目の子どもが生まれてすぐに夫の転勤が決まったので、それをきっかけに講師の仕事は辞めることになりました。

2-4:専業主婦ー在宅ワークの仕組みづくり

ーいったんは専業主婦になり…その後はどんな風に仕事復帰したの?
夫と結婚した後は、いわゆる転勤族の妻になりました。いつまた転勤するかは分かりませんし、夫や子どものそばに出来るだけいるようにしたいと思っていたので、引っ越しがあっても続けられる在宅の仕事の仕組みを自分で作ることにしました。 とはいえ、仕組みを作ると言っても何のあてもなかったので…(笑)その後は試行錯誤の日々でしたね。バザーで買った民芸品や日本の物を海外のオークションに出品したり、海外の物を輸入して日本で売ってみるなど、様々なことを繰り返しながらビジネスのヒントを探していきました。

ーどんな風にビジネスの種を見つけて育てていったの?
試行錯誤しながら1年ほどたった頃、アートコレクションや研究資料として古書へのニーズがあることに気づきました。そこで、その古書を必要としている海外の方と、日本の古書店・個人のディーラーやコレクターの方との橋渡しをするようになりました。 古書は保存状態や版によって値段が大きく異なり、価格は数十万円~なんと100万円以上するものまであるんです…。購入する側は「まずはその本の状態をしっかり把握してから購入したい」のですが、一方日本の販売する側は「英語のメール」「外国人」というだけで、問い合わせに返信すらされない状況も多くて。「買いたいのに、必要な情報が正確に得られない。日本に来ない限りは購入に踏み切れない。」と困っている海外の方がたくさんおられることが分かったので、「信頼できる中継地」という存在がいれば、うまく橋渡しできるのではないかと考えました。 そこで、古書の状態のチェックや内容の翻訳、購入の交渉や受け取り・発送をお手伝いをするうちに、紹介やリピーターの方からコンスタントに仕事の依頼が入るようになりました。「これなら資金も在庫のためのスペースも必要ない。このサービスを体系化し、仕事にしてみよう!」と古物商の免許を取り、海外向けのサイトを立ち上げ、コーディネーターの仕事をはじめました。

ーそのニーズにいちはやく気づかれるとは…本当にすごい…!
いえいえ…はじめは痛い失敗をすることもたくさんありました。その度にもちろん落ち込みましたが、「何かミスをしたときにこそ誠実に対応をする」「行き違いがあった場合は、互いに納得できるよう経緯や状況を丁寧に説明する」ということを一貫して続けていると、そのことで逆に信用をしていただき、さらに注文をいただくことも多々ありました。 3年目からは紹介と口コミでお客様が増え、ヨーロッパ、北米、アジアなど、海外の有名コレクターや古書ディーラー、各国の大学図書館や研究機関からの依頼や取引も多くなりました。親しくなった日本の古書店や芸術家の方と提携をして、そのコレクションや在庫を海外のマーケットへ紹介したり、海外の大手古書店本を日本で販売するお手伝いに携わったり…アイディアを出し合って形にしていく機会もいただけるようになりました。

ー仕事の幅は広がったけれど、在宅スタイルは変えずに…?
はい。仕事の95%はリビングで行っていました。アートや研究に関することをパソコンで調べていても、パソコンを閉じれば、そこに広がっているのは、子育て中の我が家の風景。不思議な気持ちになることもよくありましたね(笑) 当時は子供たちも小さく環境の変化も多かったので、仕事をする時間やペースを調整できるスタイルで働けたことはとてもありがたかったです。古書のコーディネーターをメインとした働き方は10年続けましたが、今は子供たちも大きくなり状況も変わってきたので発音の仕事が9割以上、古書の仕事は1割と最小限に抑えています。

ーこの間、ライフスタイルも大きく変化したと思うのだけど…
そうですね。この10年で引っ越しは3回経験しました。ただ、子育てをしながらも、引っ越しの荷物に囲まれながらも、知り合いの誰もいない土地で生活をはじめなくてはいけなくても、仕事を通して社会の中で自分の世界を持ち続けることができたことで、私の場合は自分の中でバランスがとれていた部分が大きいと思っています。 引越しや新しい場所で生活でのスタートを何度も経験し、夫とはより絆が強くなりましたね。新しい環境、慣れない子育てでまず頼れるのは、お互いの存在のみ。意見がぶつかることはもちろんありましたが、助け合ってたくさん話し合って、子育てや家族の在り方を考えてこられたことは、私たちにとって貴重な財産になったと感じています。

→日野さんが描く未来とは…

 


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